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岡崎では、110歳は、ワカゾーです。
2026年は、岡崎市がはじまってちょうど110年。
長いなぁ、と思うかもしれません。
しかし、このまちには、
岡崎市がはじまるずっと前から商売に携わってきた先輩たちがいます。
(中には創業200年を超える企業も…!)
守るものを守り、変えるものを変えながら、
人と仕事をつなぎ、まちを支えてきた老舗たち。
その歩みには、時代を超えて支持されるための秘訣が隠れています。
岡崎市制、110周年。
これを機に、岡崎が誇るパイセンたちと出逢ってください。
◆パイセン展 目次◆
1.株式会社糸惣 | 創業244年
住まいが変わるなら、私たちも変わる。
2.株式会社三浦太鼓店 | 創業161年
受け継がれてきた音を、奏者目線で響かせる。
3.合資会社池田屋 | 創業144年
地道に、地元でつくり、地元へ、そして次代へ届ける。
4.宝生園 | 創業141年
おもとを、おもしろがる人を、増やす。
5.岡崎商工会議所 | 創業134年
戦火と変化を超えて。岡崎の企業と共に歩む。
6.有限会社びさん仏壇店 | 創業131年
「祈りのかたち」を変え、「祈る心」を守る。
7.畔栁提灯店 | 創業約130年
ちょうちん屋として、挑戦の灯を絶やさない。
8.麩屋万商店/株式会社麩屋万 | 創業115年
やわらかい発想で、お麩(ふ)の可能性を拓きつづける。
9.岡崎石工業株式会社 | 創業112年
古きを知り、新しい石の未来を拓く。
住まいが変わるなら、私たちも変わる。
240年にわたり、岡崎市の住まいづくりを支えてきた「糸惣」。
1782年(天明2年)に創業し、襖(ふすま)や屏風(びょうぶ)、壁装材などに使われる和紙の卸売から始まりました。
かつての日本の住まいには和室があり、襖や障子(しょうじ)が当たり前のようにありました。
部屋を仕切り、光を取り入れる襖や障子は、暮らしに欠かせない存在。
糸惣は、そこに用いられる和紙や材料を全国から仕入れ、表具(ひょうぐ)や襖に携わる職人たちへ届けることで、地域の住まいづくりを支えてきました。
しかし、時代とともに住まいの形も大きく変化します。
住宅の洋風化が進み、マンションなどの集合住宅が増加。
和室のない住宅も珍しくなくなり、壁紙やフローリングを取り入れた住まいが一般的になりました。
こうした流れの中でも「原点を守りつつ、その時代の変化に合わせて自ら変化を求めていったことが長寿企業の秘訣。」と話すのが、代表の小野之裕さん。
その言葉通り、糸惣は住まいの間取りや内装に対するニーズが変化する中でも、これまで培ってきた職人とのつながりや内装材に関する専門性を活かし、事業の幅を広げてきました。
襖や障子など、創業以来扱ってきた商品を大切にしながら、
そのノウハウを壁紙やカーテン、フロアタイルなど新たな内装材へと広げ、
現在では幅広い住まいのニーズに応えています。
そんな糸惣が、長年大切にしているのが、職人や表具店、内装工事屋との信頼関係です。
「これからも橋渡し役として、住まいづくりに長く貢献していきたい。まだまだ発展途中」と話す小野さん。
240年かけて築いてきたつながりを大切にしながら、時代に合わせて事業の幅を広げていく。
糸惣の歩みは、これからも変わりゆく住まいと共に続いていきます。
■株式会社糸惣
住所:岡崎市稲熊町2-23
電話:0564-22-1468
営業時間:8:30~17:30
定休日:土曜・日曜・祝日
受け継がれてきた音を、奏者目線で響かせる。
人々の心を打つ、力強い響き。
岡崎の地で、古くから祭りや神事、地域の祝いの場などを彩ってきた和太鼓の音色――。
その音をつくり、守り、次の世代へつないできたのが1865年(慶応元年)創業の「三浦太鼓店」です。
初代が岡崎市横町(現在の本町)に店を構えてから161年。
今では全国、さらには海外にまでシェアを広げている三浦太鼓店。
しかし、その歩みは決して順風満帆だったわけではありません。それぞれの時代に店を背負ってきた、
代々の当主「彌市(やいち)」たちが、時代の荒波の中で、強い覚悟を持って事業をつないできました。
戦時中には、彌市が兵隊として招集されたこともありました。
また、お国のために生きることが何より優先されたこの時代。
「娯楽品」である太鼓を売ることは難しく、代わりに乾物を仕入れて販売するなど、時代に合わせて商いの形を変えざるを得ませんでした。
戦後でさえも、太鼓を専門に扱うことは決して容易ではありませんでした。工房を構える余裕がない時代には、住居の一角を太鼓づくりの場に。
五代目はサラリーマンとして働きながら、仕事の傍らで太鼓づくりを続けたといいます。
「実は、私も19歳で家業を継いだ頃は、主な収入源がアルバイトだったんです」と話すのは、六代目彌市の三浦和也さん。
そこから歴代の彌市の意思を受け継ぎながら事業を発展させ、現在ではアルバイトやパートを含め、12名が働く会社へと成長させてきました。
急成長のきっかけは、太鼓に新たな需要が生まれたこと。
これまで太鼓は、神事や地域の祭りなど、限られた場で使われることが多い楽器でした。
しかし、近年は地域イベントや舞台、観光、ライブなど、「人を楽しませる」エンターテイメントの場でも
活躍するように。
太鼓を叩く人の裾野が広がったことで、新たな楽しみ方や使われ方を提案する余地が生まれました。
そして、三浦太鼓店にも二つの大きな転機がありました。
一つ目は、2004年に三浦さん自身が「和太鼓チーム」を結成し、奏者として活動を始めたことです。
もともと太鼓を家業とする家に生まれながら、太鼓にはあまり興味がなく、職人になるまで一度も叩いたことがなかったという三浦さん。
「作っているのに叩けないのは恥ずかしい」と考え、職人になって初めてバチを手に取りました。
ところが、実際に叩いてみると、すっかり夢中に。太鼓が心から好きになったことで、ものづくりにもさらに熱が入り、「自分が欲しい太鼓」「チームが欲しい太鼓」を次々と形にしていきました。
その代表例が、現在の主力商品である「担ぎ桶太鼓」です。
従来、神社などに据え置いて使うことが多かった太鼓とは異なり、担ぎ桶太鼓は個人で使う奏者が多いもの。
だからこそ、体格に合わせたサイズはもちろん、デザイン、さらには音まで、一人ひとりの個性を表現できることが求められると考えました。
そこで2011年から、自分好みにオーダーメイドできるサービスを開始。
これが大きな反響を呼び、今では三浦太鼓店を知ってもらう入り口の一つになっています。
その後も、「チームで持ち運べる大太鼓が欲しい」という思いから、軽量な桶太鼓「三六-SABUROKU-」を開発。
さらに、女性奏者が増えていることに着目し、日本初となる女性専用太鼓「舞鼓-maiko-」も開発しました。
自分が欲しいものを形にしていった結果、「同じものが欲しい」という依頼が次々と舞い込むようになったのです。
そして、もう一つの転機が、自社で太鼓づくりのすべての工程を手がけるようになったことです。
太鼓づくりの世界では、分業制が基本。三浦太鼓店も元々は、家族で太鼓の組み立てを担っていました。
そこから、技術を自社に蓄積していくため、新たに人を雇い、皮職人、塗装職人、鼓飾師と、それぞれの専門技術を持つ人材を育てることを決断しました。それぞれの職人を外へ修行に出し、太鼓づくりに必要な技術を一つひとつ身につけてもらうことで、必要な工程を自社で手がけられる体制を整えていきました。
大きく舵を切った理由は、「音作りに必要な技術を守るため」。職人の高齢化などによって、
技術を持つ事業者が次々と廃業していくのを目の当たりにする中で、必要な技術を自ら継承し、
何が起きても自社で乗り切れる力を持とうと考えたのです。
その結果、今では他の太鼓屋から「パーツを作ってほしい」という依頼が寄せられるほか、
高い技術が求められる修理の仕事も全国から次々と舞い込むようになりました。
こうして、時代に合わせて変化を重ねながら、歩みをつないできた三浦太鼓店。
その根底にあるのは、受け継いできた「オト」へのこだわりです。
「時代に合わせて見た目、デザインはどれだけ変えてもいいが、受け継がれてきた音だけは変えてはいけない――。」
161年受け継いできた「オト」を軸に、これからも新たな太鼓の可能性を拓き、その響きを次の世代へつないでいきます。
■株式会社三浦太鼓店
住所:岡崎市本宿町丸山腰30番地9
電話:0564-64-6785
営業時間:9:00〜18:00
定休日:不定休
地道に、地元でつくり、地元へ、そして次代へ届ける。
昔ながらの、芋の風味豊かなこんにゃくを製造している「池田屋」。
1882年(明治15年)の創業以来、地域の食卓に寄り添う味として長く愛されています。
さらに、もう一つの看板商品が「透明すぎる」と評判の「ところてん」。
雑味のないすっきりした味わいと、のどごしが魅力で「一度食べたら、ほかのところてんは食べられない」と言われるほど、多くの人を虜にしています。
「冒険はしない。身の丈にあった事業を心掛けることで、長く続けてこられた。」と語るのが
五代目の長坂光司さん。ところが、その歩みを紐解くと、むしろ変化を恐れず「より美味しいものを届けたい」という挑戦の積み重ねでした。
こんにゃくの製造方法は、時代とともに大きく変わっていきました。
光司さんの父の代には、それまで職人の手で作っていたこんにゃくも、機械で製造する時代へ。
けれど、機械化したからといって、昔ながらの味まで変えてしまいたくはありませんでした。
「手作りこんにゃくの良さを、なんとか再現したい」そう考え、光司さんは独自の製造方法を追求。
芋は荒めにひき、風味がしっかり残るように。さらに、気泡を多く含ませることで、アクが抜けやすく、味がしっかり染み込む、昔ながらのこんにゃくを形にしました。
さらに池田屋では、地産地消にも挑戦!地元産こんにゃく芋の復活にも取り組みました。
三河地域でこんにゃく芋を栽培する農家が少なくなる中、光司さん自ら栽培に挑戦したことも。
「小ぶりながら身が詰まり、粘りの強い」地元産の芋を使い、その特徴を生かした弾力と歯ごたえのあるこんにゃくを生み出しました。
また「ところてんの食文化を次の世代につなぐ」取り組みにも力を入れています。
きっかけは、中学校の授業に招かれ、ご自身の仕事について話をしたことでした。
そこで生徒たちから「ところてんを食べたことがない」という声を多く聞き、
若い世代にもおいしく楽しんでもらえる製品をつくろうと決意。
柚子みつ、桜みつ、抹茶みつといったスイーツ感覚で楽しめるものなど、全8種類。
贈答品としても重宝され、“伝統食”ところてんが“若い世代にも選ばれる新しい食べ物”へと変わりつつあります。
そんな池田屋が、今、大切にしているのが「質の高い製品」を、顔の見えるお客様に届けること。
30年ほど前までは、量販店で広く流通するよう大量生産をしていましたが、
今は店頭や産直など、身近なお客様から直接「おいしい」と声をかけてもらえることを何より大事に
しています。
伝統の味を守りつつも、よりおいしいを追求して変わり続ける。
そして、地元や身近な人たちを大切にする。
そんな池田屋の姿勢には、長く愛されるヒントが詰まっています。
■合資会社池田屋
住所:岡崎市井田南町8番地7
電話:0564-21-1512
営業時間:9:00~17:00
定休日:土日祝
おもとを、おもしろがる人を、増やす。
徳川家康公と縁の深い植物として知られる「万年青(おもと)」。
常に青々とした葉を保つことから、日本では古くから「長寿」や「繁栄」を象徴する縁起物の植物として大切にされてきました。
ところが今、万年青を専門に育てる生産者は、全国でわずか15軒ほど。
そのうちの貴重な一軒が、岡崎市の「宝生園」です。1885年(明治18年)の創業以来、伝統園芸の文化を守り続けています。
「万年青をもっとたくさんの人に知ってほしい。伝統園芸の世界をより開かれたものにしたい」と話すのが、五代目の水野奈那さん。
長く愛されてきた万年青ですが、じつは今、その文化を取り巻く環境は大きく変化しているのです。
もともと、万年青の購入者の多くは、熱心な愛好家。
中には、自宅で交配を重ねて新しい品種づくりに挑戦する方や、品評会を目指して大切に育てる方もいます。
宝生園では、販売して終わりではなく、その後の育成相談に乗るなど、長いお付き合いを大切にしながら、一人ひとりと信頼関係を築いてきました。
一方で、近年は愛好家の高齢化が進み、若い世代には「万年青」を知らない人も少なくありません。
万年青の魅力を、どう次の世代へ伝えていくか――。それが今、宝生園が向き合っているテーマです。
そこで宝生園が始めたのが、万年青の魅力を自ら届けていく新たな挑戦です。
これまで万年青に触れる機会がなかった人にも知ってもらおうと、地域のイベントから全国の展示会まで積極的に参加。
ホームページやSNSでも、徳川家康公とのゆかりや、縁起物としての歴史、暮らしに彩りを添える植物としての魅力を発信しています。
その結果、YouTubeやInstagramをきっかけに万年青を知り、興味を持って宝生園を訪れる若い世代も増えているそう。
さらに、長く楽しんでもらえるよう、LINEで季節ごとの育て方のポイントを伝えたり、困り事の相談に乗るなど、購入後のサポートにも力を入れています。
また、格式が高いと思われがちな万年青を、もっと気軽に楽しんでもらうための工夫も。
万年青の美しさを最大限に引き出せるよう設計された「万年青鉢」に、長年親しまれてきた古典柄だけでなく、ゆるいイラストや現代の暮らしになじむデザインを取り入れ、インテリアとして「飾る」新しい楽しみ方を提案しています。
「これまで築いてきた「のれん」を大切にしながら、そこに甘えることなく、一歩ずつ新しいことに挑戦していきたい。
培ってきたものを次の世代へしっかりと受け継ぎながら、時代のニーズにも応え、これからもお客様に選んでいただける存在であり続けたい。」と語る水野さん。
守るだけではなく、時代に合わせて変化し続ける――。
140年以上続く宝生園の歩みには、伝統を未来へつなぐためのヒントが詰まっています。
■宝生園
住所:岡崎市岡崎駅前2-3-1
電話:0564-51-2265
営業時間:9:00~17:00
定休日:不定休
戦火と変化を超えて。岡崎の企業と共に歩む。
企業の成長を、地域の発展につなげる───。
時代とともに変化する岡崎の商工業を支え続けてきたのが、岡崎商工会議所です。
現在の会員事業所は4,000超。全国に516ある商工会議所のネットワークの強みを活かし、地域の商工業者の声を集めて行政や社会に届けるほか、
経営相談や創業支援、販路開拓、セミナーや交流の場づくり、地域振興事業など、
幅広い活動に取り組んでいます。
創立は1892年(明治25年)。
明治23年の商工会議所条例の発布により、会議所制度が確立され、全国で16番目、愛知県では名古屋に次ぐ2番目の商業会議所として設立されました。
岡崎が近代的な産業都市へと大きく姿を変えようとしていた頃のことです。
それから134年。その道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
設立当初の名称は「岡崎商業会議所」。当初は西三河一円を区域とする会議所でした。
商業に加え、製造業をはじめとする多様な産業が地域経済を担うようになったことから、
1928年(昭和3年)に現在の「岡崎商工会議所」へと名称を改めました。
その後も岡崎の商工業は発展を続けますが、日本は次第に戦争の時代へと突入───。
そのさなかの1942年(昭和17年)、岡崎商工会議所は念願だった独自の所舎を完成させました。
1943年(昭和18年)には愛知県商工経済会岡崎支部に改組。
ところが、1945年(昭和20年)7月20日未明、岡崎を空襲が襲います。
所舎は焼失し、ようやく手にした拠点を、わずか3年で失うことになったのです。
それでも、岡崎商工会議所は歩みを止めませんでした。
終戦から間もない1946年(昭和21年)には社団法人として再出発。
混乱の続くなか、商店街の建設を支援するなど、
まちの商業機能を取り戻すために力を尽くしました。
1950年(昭和25年)には、戦災で内部が全焼していた旧岡崎銀行本店を買い取り、修復。
地域の商工業者を支える新たな拠点として生まれ変わらせました。
大きな打撃を受けた岡崎の経済を、自分たちの手で立て直す。
岡崎商工会議所の歩みは、岡崎の復興の歩みでもありました。
昭和28年には現行の商工会議所法が施行。
昭和の高度成長期には、発展する産業とまちに伴走する存在として。
平成には、産業構造の変化や新たな経営課題に向き合う存在として。
そして令和には、コロナ禍や人手不足、デジタル化、脱炭素といった前例のない変化に、ともに立ち向かう存在として。
岡崎商工会議所は、いつの時代も地域の企業・事業者に寄り添い続けてきました。
そして今も変わらず岡崎商工会議所が掲げるのは「企業を育て、地域を伸ばす商工会議所。」
地域の活力の源となるのは、昔も今も、地域で事業を営むの企業・事業者です。
企業が元気になれば、地域も元気になる。
「中小企業の活力強化」「地域経済の活性化」そして事業者に一番近い場所から事業者の声を聞き、届ける「政策提言」を3つのミッションとし、
年々速まる時代の変化にも即座に対応しながら、地域と共に未来を創造しています。
これからも企業にとって身近な相談相手として、経営を支え、
挑戦を後押ししながら、岡崎全体の活力を高めていきます。
■岡崎商工会議所
住所:岡崎市竜美南1-2
電話:0564-53-6161
業務時間:9:00〜18:00
休業日:土・日・祝
「祈りのかたち」を変え、「祈る心」を守る。
仏壇づくりの文化が息づく岡崎市。長年にわたり、木地づくりや漆塗り、箔押し、彫刻、蒔絵など、さまざまな工程を支える職人の技が磨かれてきました。
そんな岡崎で、1895年(明治28年)の創業以来、文化の一端を担ってきたのが「びさん仏壇店」です。
仏壇仏具の製造・販売をはじめ、クリーニングや修理まで、仏壇にまつわることを幅広く手がけています。
かつて、仏壇は日本の家庭に欠かせない存在でした。
朝晩に手を合わせ、家族で故人をしのぶ。そんな風景とともに、多くの家庭で仏壇が大切に受け継がれてきたのです。
びさん仏壇店も、そんな時代から長きにわたり、地域の人々の暮らしに寄り添いながら事業を続けてきました。
ところが、ここ10年ほどの間に、仏壇をとりまく環境は大きく変化しました。
「今がまさに転換期」と語るのが、四代目の坂田佳樹さん。
住環境や家族のあり方、供養に対する価値観が変わり、仏壇に求められるものも変わってきているのです。
かつては、仏間や床の間のある一戸建てに仏壇を置くことが、ごく自然な家庭の風景でした。しかし近年は、マンションやコンパクトな住宅が増え、和室や仏壇専用のスペースがない住まいも珍しくありません。
核家族化や単身世帯の増加など、家族のあり方も変わり、仏壇は「どの家庭にもあるもの」ではなくなりつつあります。
そんな変化に合わせ、びさん仏壇店がいま力を入れているのが、現代の暮らしに合った仏壇の提案です。
2019年には、本社の隣地に「モダン仏壇専門店こころ」をオープン。
「仏壇を置きたいけれど、部屋の雰囲気に合わない」という声に応え、リビングやマンションにも自然になじむデザインや、限られたスペースにも置きやすい小型タイプの仏壇を取りそろえています。
さらに、古い仏壇からの買い替えを考える方に向けて、これまで使ってきた仏壇を無料で引き取るサービスも実施。
暮らしの変化に合わせて仏壇を選び直す際の負担を減らし、現代の住まいにも無理なく取り入れられる供養のかたちを提案しています。
また、近年は、ペットを大切な家族の一員として考える人が増えたことにも着目。
亡くなったペットを身近に感じながら供養したいという想いに応え、
ペットの名前や飼い主からのメッセージを刻んだ「ペット用位牌」なども取り扱っています。
「祈る心を次の世代に伝えていきたい」そう語る坂田さん。
時代とともに変わりゆく暮らしに寄り添いながらも、ご先祖を敬い冥福を祈る日本人の大切な習慣を守っていく──。
びさん仏壇店の歩みは、これからも新しい時代の「祈りのかたち」を探りながら続いていきます。
■(有)びさん仏壇店
住所:岡崎市本町通3丁目9番地
電話:0564-21-3399
営業時間:9:00~18:00
定休日:木曜日
ちょうちん屋として、挑戦の灯を絶やさない。
明治中期から、あたたかな光を灯し続ける岡崎最後の提灯屋「畔栁提灯店」。
どこか懐かしく、やさしい風合いが魅力の提灯は、創業当時から変わらない、丁寧な手仕事から生まれています。
提灯づくりに使うのは、自然由来の素材。
「型を組む」ところから、「絵付け」にいたるまで、そのほとんどを人の手で仕立てています。
そうして作られた提灯は、今も西三河のあちこちで、祭りの日に町を彩り、法要の場を静かに照らし、店先では看板として人を迎えています。
今では、岡崎でたった一軒となった提灯屋。
しかし、創業当時、岡崎には10軒近くあったといいます。
この地域では、祝賀行事などの際に、提灯に火を灯して夜の町を歩くことが風習として親しまれ、提灯は、町の人々の暮らしに欠かせない存在だったのです。
ところが、戦後になるとその風習も少しずつ姿を消し、提灯屋も一軒、また一軒と明かりが消えていきました。
その後、昭和60年頃からは盆提灯の需要が増え、再び忙しい日々が戻ります。
しかし、近年のコロナ禍では、祭りやイベントが相次いで中止に。
提灯の出番も大きく減り、また厳しい時代を迎えることになりました。
こうして幾度も困難を乗り越える中で、畔栁提灯店が大切にしてきたものがあります。
ひとつは、どんな時も、目の前の手仕事を丁寧にこなすこと。家族でゆったり構え、淡々と暮らす。
そして、その日にできる仕事を、いつもと変わらず、ひとつひとつ丁寧に仕上げていく。
「仕事に誇りを持ち、さらに良い仕事をしよう。お客様に喜んでもらえる仕事をしよう」
そんな思いを、祖父から父へ、そして孫へ。
仕事への姿勢として受け継いできたことが、今につながっています。
もうひとつは、挑戦をやめないこと。
戦後は、提灯づくりで培った竹ひごと和紙の技術を活かし、和傘づくりを新たに始めました。
そして今では、提灯を「あかり」としてだけでなく、季節の飾りや贈り物、インテリアとして楽しんでもらう、新しい提灯のかたちを生みだしています。
丁寧な手仕事を大切にしつつも、時代に合わせて新しい可能性を探し続けること。
この二つの姿勢があったからこそ、畔栁提灯店は幾度もの厳しい時代を乗り越え、今日まで暖簾をつないでこられたのかもしれません。
■畔栁提灯店
住所:岡崎市伊賀町東郷中80
電話:0564-22-1190
営業時間:9:00~17:00
定休日:日曜日 ※お盆・お正月・臨時休業有
やわらかい発想で、お麩(ふ)の可能性を拓きつづける。
もちもちとした食感と、つるんとなめらかな口当たりが魅力の「生麩」。
その専門店として、1911年(明治44年)から製造・販売を続けているのが「麩屋万商店」です。
季節の草花や縁起物などをかたどった「細工麩」や、東海地方で親しまれてきた「角麩」などを、
職人たちが昔ながらの手仕事を大切にしながら、一つひとつ丁寧につくっています。
「伝統を大事にしつつも、常に新しい感覚を取り入れた商品・サービスを提供したい。
「麩の食文化を未来へつなぐことが、当社の使命。」と語るのが、四代目の峯田和幸さん。
その言葉通り、創業から115年を超えてもなお、麩屋万商店は進化を続けています。
その挑戦のひとつが、生麩を使った新感覚の和スイーツ「たまかざり」です。
これまで地味な印象だった麩まんじゅうをカラフルで涼やかな見た目に仕立て、冷やして楽しめるスイーツに。
鍋物や煮物など秋冬に偏りがちだった麩の楽しみ方を、夏にも広げる画期的な商品を生み出し、メディアでも話題となりました。
さらに、生麩の魅力を広く発信することにも力を入れています。
室町時代から愛されてきた伝統食品でありながら、最近では家庭で食べる機会が減り、若者離れが懸念されている生麩。
まずは若い世代に地域の食文化に触れる機会を作ろうと、高校生と共同で商品開発に乗り出しました。
Z世代の自由な発想を取り入れ、近年の韓国人気をヒントに、「麩ッポギ」を発売!
これまでのイメージにとらわれない新たな食べ方を提案することで、生麩の魅力を次世代へ届けています。
こうした取り組みが評価され、昨年は愛知県が優れたサービスを表彰する「あいちサービス大賞」で審査員特別賞を受賞。
新しい麩の楽しみ方を発信する存在として、注目を集めています。
「高カロリーな食生活になりがちな現代だからこそ、生麩は健康的な食生活を支える食品。その魅力をもっと多くの人に伝え、日常の食卓で親しまれる存在にしていきたい」と話す峯田さん。
伝統を大切にしながら、新しい発想で麩の可能性を広げる。
麩屋万商店の挑戦は、地域の食文化を次の世代へつないでいきます。
■麩屋万商店
住所:岡崎市日名本町11-26
電話:0564-24-3072
営業時間:9:00~16:00
定休日:日曜・祝日
(イベント出展時は臨時休業あり)
古きを知り、新しい石の未来を拓く。
日本の三大石材産地の一つとして知られる岡崎市。
石工業の歴史は室町時代にさかのぼり、岡崎城主が城下町の整備のため各地から優れた石工を招いたことがはじまりとされています。
その後、灯籠や石像などの加工技術が発展し、今でも約100の石材業者が技を競い合っています。
そんな岡崎で、長年にわたり石工の歴史をつないできたのが1914年(大正3年)創業の「岡崎石工業」です。
墓石の製作・販売をはじめ、神社仏閣や霊園づくりの提案、庭づくりや家づくり、インテリアや贈答品の製作まで、石に関わるさまざまな仕事を手がけています。
岡崎石工業の歩みの根底にあるのは「温故知新」の精神。四代目の宇野仁さんは、
「伝統を守り伝えていくことは大切なこと。しかし、これだけでは生き残ることができない」と力強く語ります。
実はいま、石材を取り巻く環境は大きく変化しています。
散骨や樹木葬、納骨堂など供養の選択肢が広がり、墓石の需要は以前とは変わってきました。
また、住宅の洋風化やコンパクト化によって、かつて身近だった
石灯籠も、置かれる機会が少なくなっているのです。
そんな変化のニーズに寄り添い、岡崎石工業が目指しているのが、「いま」に相応しい石材のかたちです。
玄関や床の間に置けるミニサイズのお墓「手元供養墓シリーズ」を販売するほか、石材をもっと身近に感じてもらおうと、石を使ったインテリアや雑貨も提案。
岡崎市産のみかげ石を組み合わせてつくった花台や、徳川家の「葵の紋」をあしらったコースターなど、
暮らしの中で楽しめる商品を開発し、岡崎市のふるさと納税返礼品にも選ばれています。
また、イベントにも積極的に参加。
石にシルクの花をあしらったマグネットやペーパーウェイトがもらえるガチャガチャを企画するなど、
石の魅力を伝えるきっかけづくりにも取り組んでいます。
伝統を残すだけではなく、時代に合わせて石の新しい可能性を見つけていく。
岡崎石工業は、石都・岡崎の未来をつくる挑戦を続けています。
■岡崎石工業株式会社
住所:岡崎市曙町1丁目2番地 (本社・ショールーム)
電話:0564-21-4311
営業時間:9:00~16:00
定休日:土日祝