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110歳の岡崎市より、ぜんぜんパイセン展




110歳の岡崎市より、ぜんぜんパイセン展


岡崎では、110歳は、ワカゾーです。

2026年は、岡崎市がはじまってちょうど110年。
長いなぁ、と思うかもしれません。

しかし、このまちには、
岡崎市がはじまるずっと前から商売に携わってきた先輩たちがいます。
(中には創業200年を超える企業も…!)

守るものを守り、変えるものを変えながら、
人と仕事をつなぎ、まちを支えてきた老舗たち。

その歩みには、時代を超えて支持されるための秘訣が隠れています。

岡崎市制、110周年。
これを機に、岡崎が誇るパイセンたちと出逢ってください。







◆パイセン展 目次◆

1.株式会社糸惣 | 創業244年 
 住まいが変わるなら、私たちも変わる。
​
2.株式会社三浦太鼓店 | 創業161年
 受け継がれてきた音を、奏者目線で響かせる。

3.合資会社池田屋 | 創業144年
 地道に、地元でつくり、地元へ、そして次代へ届ける。

4.宝生園 | 創業141年
 おもとを、おもしろがる人を、増やす。

5.岡崎商工会議所 | 創業134年
 戦火と変化を超えて。岡崎の企業と共に歩む。

6.有限会社びさん仏壇店 | 創業131年
 「祈りのかたち」を変え、「祈る心」を守る。

7.畔栁提灯店 | 創業約130年
 ちょうちん屋として、挑戦の灯を絶やさない。

8.麩屋万商店/株式会社麩屋万 | 創業115年
 やわらかい発想で、お麩(ふ)の可能性を拓きつづける。

9.岡崎石工業株式会社 | 創業112年
 古きを知り、新しい石の未来を拓く。






1.株式会社糸惣



住まいが変わるなら、私たちも変わる。
240年にわたり、岡崎市の住まいづくりを支えてきた「糸惣」。
1782年(天明2年)に創業し、襖(ふすま)や屏風(びょうぶ)、壁装材などに使われる和紙の卸売から始まりました。


かつての日本の住まいには和室があり、襖や障子(しょうじ)が当たり前のようにありました。
部屋を仕切り、光を取り入れる襖や障子は、暮らしに欠かせない存在。
糸惣は、そこに用いられる和紙や材料を全国から仕入れ、表具(ひょうぐ)や襖に携わる職人たちへ届けることで、地域の住まいづくりを支えてきました。



しかし、時代とともに住まいの形も大きく変化します。
住宅の洋風化が進み、マンションなどの集合住宅が増加。
和室のない住宅も珍しくなくなり、壁紙やフローリングを取り入れた住まいが一般的になりました。
こうした流れの中でも「原点を守りつつ、その時代の変化に合わせて自ら変化を求めていったことが長寿企業の秘訣。」と話すのが、代表の小野之裕さん。



その言葉通り、糸惣は住まいの間取りや内装に対するニーズが変化する中でも、これまで培ってきた職人とのつながりや内装材に関する専門性を活かし、事業の幅を広げてきました。


襖や障子など、創業以来扱ってきた商品を大切にしながら、
そのノウハウを壁紙やカーテン、フロアタイルなど新たな内装材へと広げ、
現在では幅広い住まいのニーズに応えています。

そんな糸惣が、長年大切にしているのが、職人や表具店、内装工事屋との信頼関係です。
「これからも橋渡し役として、住まいづくりに長く貢献していきたい。まだまだ発展途中」と話す小野さん。
240年かけて築いてきたつながりを大切にしながら、時代に合わせて事業の幅を広げていく。
糸惣の歩みは、これからも変わりゆく住まいと共に続いていきます。

糸惣公式サイト





■株式会社糸惣
住所:岡崎市稲熊町2-23
電話:0564-22-1468
営業時間:8:30~17:30
定休日:土曜・日曜・祝日




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2.株式会社三浦太鼓店



受け継がれてきた音を、奏者目線で響かせる。
人々の心を打つ、力強い響き。
岡崎の地で、古くから祭りや神事、地域の祝いの場などを彩ってきた和太鼓の音色――。
その音をつくり、守り、次の世代へつないできたのが1865年(慶応元年)創業の「三浦太鼓店」です。

初代が岡崎市横町(現在の本町)に店を構えてから161年。
今では全国、さらには海外にまでシェアを広げている三浦太鼓店。
しかし、その歩みは決して順風満帆だったわけではありません。それぞれの時代に店を背負ってきた、
代々の当主「彌市(やいち)」たちが、時代の荒波の中で、強い覚悟を持って事業をつないできました。

戦時中には、彌市が兵隊として招集されたこともありました。
また、お国のために生きることが何より優先されたこの時代。
「娯楽品」である太鼓を売ることは難しく、代わりに乾物を仕入れて販売するなど、時代に合わせて商いの形を変えざるを得ませんでした。



戦後でさえも、太鼓を専門に扱うことは決して容易ではありませんでした。工房を構える余裕がない時代には、住居の一角を太鼓づくりの場に。
五代目はサラリーマンとして働きながら、仕事の傍らで太鼓づくりを続けたといいます。

「実は、私も19歳で家業を継いだ頃は、主な収入源がアルバイトだったんです」と話すのは、六代目彌市の三浦和也さん。
そこから歴代の彌市の意思を受け継ぎながら事業を発展させ、現在ではアルバイトやパートを含め、12名が働く会社へと成長させてきました。

急成長のきっかけは、太鼓に新たな需要が生まれたこと。
これまで太鼓は、神事や地域の祭りなど、限られた場で使われることが多い楽器でした。
しかし、近年は地域イベントや舞台、観光、ライブなど、「人を楽しませる」エンターテイメントの場でも 活躍するように。
太鼓を叩く人の裾野が広がったことで、新たな楽しみ方や使われ方を提案する余地が生まれました。

そして、三浦太鼓店にも二つの大きな転機がありました。
一つ目は、2004年に三浦さん自身が「和太鼓チーム」を結成し、奏者として活動を始めたことです。
もともと太鼓を家業とする家に生まれながら、太鼓にはあまり興味がなく、職人になるまで一度も叩いたことがなかったという三浦さん。
「作っているのに叩けないのは恥ずかしい」と考え、職人になって初めてバチを手に取りました。
ところが、実際に叩いてみると、すっかり夢中に。太鼓が心から好きになったことで、ものづくりにもさらに熱が入り、「自分が欲しい太鼓」「チームが欲しい太鼓」を次々と形にしていきました。



その代表例が、現在の主力商品である「担ぎ桶太鼓」です。
従来、神社などに据え置いて使うことが多かった太鼓とは異なり、担ぎ桶太鼓は個人で使う奏者が多いもの。
だからこそ、体格に合わせたサイズはもちろん、デザイン、さらには音まで、一人ひとりの個性を表現できることが求められると考えました。
そこで2011年から、自分好みにオーダーメイドできるサービスを開始。
これが大きな反響を呼び、今では三浦太鼓店を知ってもらう入り口の一つになっています。



その後も、「チームで持ち運べる大太鼓が欲しい」という思いから、軽量な桶太鼓「三六-SABUROKU-」を開発。
さらに、女性奏者が増えていることに着目し、日本初となる女性専用太鼓「舞鼓-maiko-」も開発しました。
自分が欲しいものを形にしていった結果、「同じものが欲しい」という依頼が次々と舞い込むようになったのです。


そして、もう一つの転機が、自社で太鼓づくりのすべての工程を手がけるようになったことです。
太鼓づくりの世界では、分業制が基本。三浦太鼓店も元々は、家族で太鼓の組み立てを担っていました。
そこから、技術を自社に蓄積していくため、新たに人を雇い、皮職人、塗装職人、鼓飾師と、それぞれの専門技術を持つ人材を育てることを決断しました。それぞれの職人を外へ修行に出し、太鼓づくりに必要な技術を一つひとつ身につけてもらうことで、必要な工程を自社で手がけられる体制を整えていきました。

大きく舵を切った理由は、「音作りに必要な技術を守るため」。職人の高齢化などによって、
技術を持つ事業者が次々と廃業していくのを目の当たりにする中で、必要な技術を自ら継承し、
何が起きても自社で乗り切れる力を持とう
と考えたのです。
その結果、今では他の太鼓屋から「パーツを作ってほしい」という依頼が寄せられるほか、
高い技術が求められる修理の仕事も全国から次々と舞い込むようになりました。

こうして、時代に合わせて変化を重ねながら、歩みをつないできた三浦太鼓店。
その根底にあるのは、受け継いできた「オト」へのこだわりです。
「時代に合わせて見た目、デザインはどれだけ変えてもいいが、受け継がれてきた音だけは変えてはいけない――。」
161年受け継いできた「オト」を軸に、これからも新たな太鼓の可能性を拓き、その響きを次の世代へつないでいきます。

三浦太鼓店公式サイト





■株式会社三浦太鼓店
住所:岡崎市本宿町丸山腰30番地9
電話:0564-64-6785
営業時間:9:00〜18:00
定休日:不定休



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3.合資会社池田屋



地道に、地元でつくり、地元へ、そして次代へ届ける。
昔ながらの、芋の風味豊かなこんにゃくを製造している「池田屋」。
1882年(明治15年)の創業以来、地域の食卓に寄り添う味として長く愛されています。
さらに、もう一つの看板商品が「透明すぎる」と評判の「ところてん」。
雑味のないすっきりした味わいと、のどごしが魅力で「一度食べたら、ほかのところてんは食べられない」と言われるほど、多くの人を虜にしています。

「冒険はしない。身の丈にあった事業を心掛けることで、長く続けてこられた。」と語るのが
五代目の長坂光司さん。ところが、その歩みを紐解くと、むしろ変化を恐れず「より美味しいものを届けたい」という挑戦の積み重ねでした。



こんにゃくの製造方法は、時代とともに大きく変わっていきました。
光司さんの父の代には、それまで職人の手で作っていたこんにゃくも、機械で製造する時代へ。
けれど、機械化したからといって、昔ながらの味まで変えてしまいたくはありませんでした。
「手作りこんにゃくの良さを、なんとか再現したい」そう考え、光司さんは独自の製造方法を追求。
芋は荒めにひき、風味がしっかり残るように。さらに、気泡を多く含ませることで、アクが抜けやすく、味がしっかり染み込む、昔ながらのこんにゃくを形にしました。

さらに池田屋では、地産地消にも挑戦!地元産こんにゃく芋の復活にも取り組みました。
三河地域でこんにゃく芋を栽培する農家が少なくなる中、光司さん自ら栽培に挑戦したことも。
「小ぶりながら身が詰まり、粘りの強い」地元産の芋を使い、その特徴を生かした弾力と歯ごたえのあるこんにゃくを生み出しました。



また「ところてんの食文化を次の世代につなぐ」取り組みにも力を入れています。
きっかけは、中学校の授業に招かれ、ご自身の仕事について話をしたことでした。
そこで生徒たちから「ところてんを食べたことがない」という声を多く聞き、
若い世代にもおいしく楽しんでもらえる製品をつくろうと決意。
柚子みつ、桜みつ、抹茶みつといったスイーツ感覚で楽しめるものなど、全8種類。
贈答品としても重宝され、“伝統食”ところてんが“若い世代にも選ばれる新しい食べ物”へと変わりつつあります。

そんな池田屋が、今、大切にしているのが「質の高い製品」を、顔の見えるお客様に届けること。
30年ほど前までは、量販店で広く流通するよう大量生産をしていましたが、
今は店頭や産直など、身近なお客様から直接「おいしい」と声をかけてもらえることを何より大事に しています。

伝統の味を守りつつも、よりおいしいを追求して変わり続ける。
そして、地元や身近な人たちを大切にする。
そんな池田屋の姿勢には、長く愛されるヒントが詰まっています。

池田屋公式サイト





■合資会社池田屋
住所:岡崎市井田南町8番地7
電話:0564-21-1512
営業時間:9:00~17:00
定休日:土日祝




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4.宝生園



おもとを、おもしろがる人を、増やす。
徳川家康公と縁の深い植物として知られる「万年青(おもと)」。
常に青々とした葉を保つことから、日本では古くから「長寿」や「繁栄」を象徴する縁起物の植物として大切にされてきました。

ところが今、万年青を専門に育てる生産者は、全国でわずか15軒ほど。
そのうちの貴重な一軒が、岡崎市の「宝生園」です。1885年(明治18年)の創業以来、伝統園芸の文化を守り続けています。
「万年青をもっとたくさんの人に知ってほしい。伝統園芸の世界をより開かれたものにしたい」と話すのが、五代目の水野奈那さん。
長く愛されてきた万年青ですが、じつは今、その文化を取り巻く環境は大きく変化しているのです。



もともと、万年青の購入者の多くは、熱心な愛好家。
中には、自宅で交配を重ねて新しい品種づくりに挑戦する方や、品評会を目指して大切に育てる方もいます。
宝生園では、販売して終わりではなく、その後の育成相談に乗るなど、長いお付き合いを大切にしながら、一人ひとりと信頼関係を築いてきました。
一方で、近年は愛好家の高齢化が進み、若い世代には「万年青」を知らない人も少なくありません。
万年青の魅力を、どう次の世代へ伝えていくか――。それが今、宝生園が向き合っているテーマです。

そこで宝生園が始めたのが、万年青の魅力を自ら届けていく新たな挑戦です。
これまで万年青に触れる機会がなかった人にも知ってもらおうと、地域のイベントから全国の展示会まで積極的に参加。
ホームページやSNSでも、徳川家康公とのゆかりや、縁起物としての歴史、暮らしに彩りを添える植物としての魅力を発信しています。
その結果、YouTubeやInstagramをきっかけに万年青を知り、興味を持って宝生園を訪れる若い世代も増えているそう。
さらに、長く楽しんでもらえるよう、LINEで季節ごとの育て方のポイントを伝えたり、困り事の相談に乗るなど、購入後のサポートにも力を入れています。

また、格式が高いと思われがちな万年青を、もっと気軽に楽しんでもらうための工夫も。
万年青の美しさを最大限に引き出せるよう設計された「万年青鉢」に、長年親しまれてきた古典柄だけでなく、ゆるいイラストや現代の暮らしになじむデザインを取り入れ、インテリアとして「飾る」新しい楽しみ方を提案しています。



「これまで築いてきた「のれん」を大切にしながら、そこに甘えることなく、一歩ずつ新しいことに挑戦していきたい。
培ってきたものを次の世代へしっかりと受け継ぎながら、時代のニーズにも応え、これからもお客様に選んでいただける存在であり続けたい。」と語る水野さん。

守るだけではなく、時代に合わせて変化し続ける――。
140年以上続く宝生園の歩みには、伝統を未来へつなぐためのヒントが詰まっています。

宝生園公式サイト





■宝生園
住所:岡崎市岡崎駅前2-3-1
電話:0564-51-2265
営業時間:9:00~17:00
定休日:不定休




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5.岡崎商工会議所



戦火と変化を超えて。岡崎の企業と共に歩む。
企業の成長を、地域の発展につなげる───。

時代とともに変化する岡崎の商工業を支え続けてきたのが、岡崎商工会議所です。
現在の会員事業所は4,000超。全国に516ある商工会議所のネットワークの強みを活かし、地域の商工業者の声を集めて行政や社会に届けるほか、
経営相談や創業支援、販路開拓、セミナーや交流の場づくり、地域振興事業など、
幅広い活動に取り組んでいます。

創立は1892年(明治25年)。
明治23年の商工会議所条例の発布により、会議所制度が確立され、全国で16番目、愛知県では名古屋に次ぐ2番目の商業会議所として設立されました。
岡崎が近代的な産業都市へと大きく姿を変えようとしていた頃のことです。
それから134年。その道のりは、決して平坦なものではありませんでした。

設立当初の名称は「岡崎商業会議所」。当初は西三河一円を区域とする会議所でした。
商業に加え、製造業をはじめとする多様な産業が地域経済を担うようになったことから、
1928年(昭和3年)に現在の「岡崎商工会議所」へと名称を改めました。

その後も岡崎の商工業は発展を続けますが、日本は次第に戦争の時代へと突入───。
そのさなかの1942年(昭和17年)、岡崎商工会議所は念願だった独自の所舎を完成させました。
1943年(昭和18年)には愛知県商工経済会岡崎支部に改組。



ところが、1945年(昭和20年)7月20日未明、岡崎を空襲が襲います。
所舎は焼失し、ようやく手にした拠点を、わずか3年で失うことになったのです。

それでも、岡崎商工会議所は歩みを止めませんでした。
終戦から間もない1946年(昭和21年)には社団法人として再出発。
混乱の続くなか、商店街の建設を支援するなど、
まちの商業機能を取り戻すために力を尽くしました。

1950年(昭和25年)には、戦災で内部が全焼していた旧岡崎銀行本店を買い取り、修復。
地域の商工業者を支える新たな拠点として生まれ変わらせました。
大きな打撃を受けた岡崎の経済を、自分たちの手で立て直す。
岡崎商工会議所の歩みは、岡崎の復興の歩みでもありました。



昭和28年には現行の商工会議所法が施行。
昭和の高度成長期には、発展する産業とまちに伴走する存在として。
平成には、産業構造の変化や新たな経営課題に向き合う存在として。
そして令和には、コロナ禍や人手不足、デジタル化、脱炭素といった前例のない変化に、ともに立ち向かう存在として。
岡崎商工会議所は、いつの時代も地域の企業・事業者に寄り添い続けてきました。

そして今も変わらず岡崎商工会議所が掲げるのは「企業を育て、地域を伸ばす商工会議所。」
地域の活力の源となるのは、昔も今も、地域で事業を営むの企業・事業者です。
企業が元気になれば、地域も元気になる。

「中小企業の活力強化」「地域経済の活性化」そして事業者に一番近い場所から事業者の声を聞き、届ける「政策提言」を3つのミッションとし、
年々速まる時代の変化にも即座に対応しながら、地域と共に未来を創造しています。

これからも企業にとって身近な相談相手として、経営を支え、
挑戦を後押ししながら、岡崎全体の活力を高めていきます。

岡崎商工会議所公式サイト





■岡崎商工会議所
住所:岡崎市竜美南1-2
電話:0564-53-6161
業務時間:9:00〜18:00
休業日:土・日・祝




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6.びさん仏壇店



「祈りのかたち」を変え、「祈る心」を守る。
仏壇づくりの文化が息づく岡崎市。長年にわたり、木地づくりや漆塗り、箔押し、彫刻、蒔絵など、さまざまな工程を支える職人の技が磨かれてきました。
そんな岡崎で、1895年(明治28年)の創業以来、文化の一端を担ってきたのが「びさん仏壇店」です。
仏壇仏具の製造・販売をはじめ、クリーニングや修理まで、仏壇にまつわることを幅広く手がけています。

かつて、仏壇は日本の家庭に欠かせない存在でした。
朝晩に手を合わせ、家族で故人をしのぶ。そんな風景とともに、多くの家庭で仏壇が大切に受け継がれてきたのです。
びさん仏壇店も、そんな時代から長きにわたり、地域の人々の暮らしに寄り添いながら事業を続けてきました。

ところが、ここ10年ほどの間に、仏壇をとりまく環境は大きく変化しました。
「今がまさに転換期」と語るのが、四代目の坂田佳樹さん。
住環境や家族のあり方、供養に対する価値観が変わり、仏壇に求められるものも変わってきているのです。
かつては、仏間や床の間のある一戸建てに仏壇を置くことが、ごく自然な家庭の風景でした。しかし近年は、マンションやコンパクトな住宅が増え、和室や仏壇専用のスペースがない住まいも珍しくありません。
核家族化や単身世帯の増加など、家族のあり方も変わり、仏壇は「どの家庭にもあるもの」ではなくなりつつあります。

そんな変化に合わせ、びさん仏壇店がいま力を入れているのが、現代の暮らしに合った仏壇の提案です。

2019年には、本社の隣地に「モダン仏壇専門店こころ」をオープン。
「仏壇を置きたいけれど、部屋の雰囲気に合わない」という声に応え、リビングやマンションにも自然になじむデザインや、限られたスペースにも置きやすい小型タイプの仏壇を取りそろえています。
さらに、古い仏壇からの買い替えを考える方に向けて、これまで使ってきた仏壇を無料で引き取るサービスも実施。
暮らしの変化に合わせて仏壇を選び直す際の負担を減らし、現代の住まいにも無理なく取り入れられる供養のかたちを提案しています。



また、近年は、ペットを大切な家族の一員として考える人が増えたことにも着目。
亡くなったペットを身近に感じながら供養したいという想いに応え、
ペットの名前や飼い主からのメッセージを刻んだ「ペット用位牌」なども取り扱っています。



「祈る心を次の世代に伝えていきたい」そう語る坂田さん。
時代とともに変わりゆく暮らしに寄り添いながらも、ご先祖を敬い冥福を祈る日本人の大切な習慣を守っていく──。
びさん仏壇店の歩みは、これからも新しい時代の「祈りのかたち」を探りながら続いていきます。

びさん仏壇店公式サイト





■(有)びさん仏壇店
住所:岡崎市本町通3丁目9番地
電話:0564-21-3399
営業時間:9:00~18:00
定休日:木曜日




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7.畔栁提灯店



ちょうちん屋として、挑戦の灯を絶やさない。
明治中期から、あたたかな光を灯し続ける岡崎最後の提灯屋「畔栁提灯店」。
どこか懐かしく、やさしい風合いが魅力の提灯は、創業当時から変わらない、丁寧な手仕事から生まれています。

提灯づくりに使うのは、自然由来の素材。
「型を組む」ところから、「絵付け」にいたるまで、そのほとんどを人の手で仕立てています。
そうして作られた提灯は、今も西三河のあちこちで、祭りの日に町を彩り、法要の場を静かに照らし、店先では看板として人を迎えています。

今では、岡崎でたった一軒となった提灯屋。
しかし、創業当時、岡崎には10軒近くあったといいます。
この地域では、祝賀行事などの際に、提灯に火を灯して夜の町を歩くことが風習として親しまれ、提灯は、町の人々の暮らしに欠かせない存在だったのです。
ところが、戦後になるとその風習も少しずつ姿を消し、提灯屋も一軒、また一軒と明かりが消えていきました。

その後、昭和60年頃からは盆提灯の需要が増え、再び忙しい日々が戻ります。
しかし、近年のコロナ禍では、祭りやイベントが相次いで中止に。
提灯の出番も大きく減り、また厳しい時代を迎えることになりました。

こうして幾度も困難を乗り越える中で、畔栁提灯店が大切にしてきたものがあります。

ひとつは、どんな時も、目の前の手仕事を丁寧にこなすこと。家族でゆったり構え、淡々と暮らす。
そして、その日にできる仕事を、いつもと変わらず、ひとつひとつ丁寧に仕上げていく。
「仕事に誇りを持ち、さらに良い仕事をしよう。お客様に喜んでもらえる仕事をしよう」
そんな思いを、祖父から父へ、そして孫へ。
仕事への姿勢として受け継いできたことが、今につながっています。



もうひとつは、挑戦をやめないこと。
戦後は、提灯づくりで培った竹ひごと和紙の技術を活かし、和傘づくりを新たに始めました。
そして今では、提灯を「あかり」としてだけでなく、季節の飾りや贈り物、インテリアとして楽しんでもらう、新しい提灯のかたちを生みだしています。



丁寧な手仕事を大切にしつつも、時代に合わせて新しい可能性を探し続けること。
この二つの姿勢があったからこそ、畔栁提灯店は幾度もの厳しい時代を乗り越え、今日まで暖簾をつないでこられたのかもしれません。

畔栁提灯店公式サイト





■畔栁提灯店
住所:岡崎市伊賀町東郷中80
電話:0564-22-1190
営業時間:9:00~17:00
定休日:日曜日 ※お盆・お正月・臨時休業有




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8.麩屋万商店/株式会社麩屋万



やわらかい発想で、お麩(ふ)の可能性を拓きつづける。
もちもちとした食感と、つるんとなめらかな口当たりが魅力の「生麩」。
その専門店として、1911年(明治44年)から製造・販売を続けているのが「麩屋万商店」です。
季節の草花や縁起物などをかたどった「細工麩」や、東海地方で親しまれてきた「角麩」などを、
職人たちが昔ながらの手仕事を大切にしながら、一つひとつ丁寧につくっています。

「伝統を大事にしつつも、常に新しい感覚を取り入れた商品・サービスを提供したい。
「麩の食文化を未来へつなぐことが、当社の使命。」
と語るのが、四代目の峯田和幸さん。
その言葉通り、創業から115年を超えてもなお、麩屋万商店は進化を続けています。

その挑戦のひとつが、生麩を使った新感覚の和スイーツ「たまかざり」です。
これまで地味な印象だった麩まんじゅうをカラフルで涼やかな見た目に仕立て、冷やして楽しめるスイーツに。
鍋物や煮物など秋冬に偏りがちだった麩の楽しみ方を、夏にも広げる画期的な商品を生み出し、メディアでも話題となりました。



さらに、生麩の魅力を広く発信することにも力を入れています。
室町時代から愛されてきた伝統食品でありながら、最近では家庭で食べる機会が減り、若者離れが懸念されている生麩。
まずは若い世代に地域の食文化に触れる機会を作ろうと、高校生と共同で商品開発に乗り出しました。
Z世代の自由な発想を取り入れ、近年の韓国人気をヒントに、「麩ッポギ」を発売!
これまでのイメージにとらわれない新たな食べ方を提案することで、生麩の魅力を次世代へ届けています。



こうした取り組みが評価され、昨年は愛知県が優れたサービスを表彰する「あいちサービス大賞」で審査員特別賞を受賞。
新しい麩の楽しみ方を発信する存在として、注目を集めています。

「高カロリーな食生活になりがちな現代だからこそ、生麩は健康的な食生活を支える食品。その魅力をもっと多くの人に伝え、日常の食卓で親しまれる存在にしていきたい」と話す峯田さん。
伝統を大切にしながら、新しい発想で麩の可能性を広げる。
麩屋万商店の挑戦は、地域の食文化を次の世代へつないでいきます。

麩屋万商店公式サイト





■麩屋万商店
住所:岡崎市日名本町11-26
電話:0564-24-3072
営業時間:9:00~16:00
定休日:日曜・祝日
(イベント出展時は臨時休業あり)




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9.岡崎石工業株式会社



古きを知り、新しい石の未来を拓く。
日本の三大石材産地の一つとして知られる岡崎市。
石工業の歴史は室町時代にさかのぼり、岡崎城主が城下町の整備のため各地から優れた石工を招いたことがはじまりとされています。
その後、灯籠や石像などの加工技術が発展し、今でも約100の石材業者が技を競い合っています。

そんな岡崎で、長年にわたり石工の歴史をつないできたのが1914年(大正3年)創業の「岡崎石工業」です。
墓石の製作・販売をはじめ、神社仏閣や霊園づくりの提案、庭づくりや家づくり、インテリアや贈答品の製作まで、石に関わるさまざまな仕事を手がけています。

岡崎石工業の歩みの根底にあるのは「温故知新」の精神。四代目の宇野仁さんは、
「伝統を守り伝えていくことは大切なこと。しかし、これだけでは生き残ることができない」と力強く語ります。

実はいま、石材を取り巻く環境は大きく変化しています。
散骨や樹木葬、納骨堂など供養の選択肢が広がり、墓石の需要は以前とは変わってきました。
また、住宅の洋風化やコンパクト化によって、かつて身近だった 石灯籠も、置かれる機会が少なくなっているのです。

そんな変化のニーズに寄り添い、岡崎石工業が目指しているのが、「いま」に相応しい石材のかたちです。
玄関や床の間に置けるミニサイズのお墓「手元供養墓シリーズ」を販売するほか、石材をもっと身近に感じてもらおうと、石を使ったインテリアや雑貨も提案。




岡崎市産のみかげ石を組み合わせてつくった花台や、徳川家の「葵の紋」をあしらったコースターなど、
暮らしの中で楽しめる商品を開発し、岡崎市のふるさと納税返礼品にも選ばれています。

また、イベントにも積極的に参加。
石にシルクの花をあしらったマグネットやペーパーウェイトがもらえるガチャガチャを企画するなど、
石の魅力を伝えるきっかけづくりにも取り組んでいます。



伝統を残すだけではなく、時代に合わせて石の新しい可能性を見つけていく。
岡崎石工業は、石都・岡崎の未来をつくる挑戦を続けています。

岡崎石工業公式サイト





■岡崎石工業株式会社
住所:岡崎市曙町1丁目2番地 (本社・ショールーム)
電話:0564-21-4311
営業時間:9:00~16:00
定休日:土日祝




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アトツギが次の岡崎を動かす。『おかざきアトツギ名鑑』

花火、太鼓、石、木、縫製——
岡崎には、時代を越えて受け継がれてきた仕事があります。

そのバトンを受け取るのが、次世代のアトツギたち。
それぞれの挑戦のそばで、オカビズもまた、その一歩を支えてきました。

葛藤し、悩みながらも前に進む。

受け継ぎ、進化させ、次の時代へ挑むアトツギたちが
この町の未来を動かします。

岡崎の次の時代を担うのアトツギたちの想いと挑戦をご紹介する
『おかざきアトツギ名鑑』
ぜひ、岡崎のアトツギたちの物語をご覧ください!


次の岡崎を動かす『おかざきアトツギ名鑑』


◆アトツギ名鑑 目次◆

1.| 有限会社稲垣石材店 | 
  石の町・岡崎から。石屋四代目の産業再生プロジェクト​
2.| 株式会社イナック |
  製造業の町・岡崎から。透明試作で世界に挑む
3.| 岡崎製材株式会社 |
  100年企業、木づかい文化を守り、未来へ。
4.| 株式会社岡崎竜城スイミングクラブ |
  岡崎から世界へ。祖父の想いを継ぐ水泳教育
5.| 有限会社コトブキ工芸 |
  「あったらいいな」をブランドへ。椅子工場の新たな挑戦
6.| 有限会社佐野花火店 |
  三きょうだいでつなぐ、岡崎の夏
7.| 有限会社タキコウ縫製 |
  縫製工場から、サスティナブルブランドへ。三代目の挑戦
8.| 宝生園 |
  万年青(おもと)文化を次の世代へ。女性五代目の挑戦
9.| 株式会社三浦太鼓店 |
  音を受け継ぎ、心を響かせる。六代目の太鼓づくり



1.有限会社稲垣石材店 / 四代目  稲垣遼太さん

石の町・岡崎から。 石屋四代目の産業再生プロジェクト



全国80ある石材産地の中でも「石の町」として知られる岡崎。
その中心地の一つ、岡崎石工団地で100年近く続く石屋が稲垣石材店です。
1927年の創業以来、石像づくりから始まり、現在は墓石を中心とした石製品の製造・販売を行ってきました。

しかし近年、石産業を取り巻く環境は大きく変化しています。 墓石需要の縮小や職人不足などにより、業界全体が厳しい状況に直面しています。岡崎石工団地でも、かつて多くの石屋が並んでいた場所に廃業した工場が目立つようになりました。


そんな現状を目の当たりにしながら2016年に家業へ戻ったのが、四代目の稲垣遼太さんです。
石屋の先輩から「なんで石屋に戻ってきたの?」と言われたことがありました。その言葉は、家業を継ごうと決めた稲垣さんの心に強く残りました。
「石と石屋が必要とされない未来を変えたい。」




その思いから立ち上げたのが、新ブランド「INASE(イナセ)」です。
INASEでは、これまで倉庫に眠っていた石の端材や既存の加工技術を活かし、石の器やインテリア製品を開発。 国内外のミシュラン星付きレストランやホテルでも使用されるなど、石の新しい価値を提案しています。
現在では250を超える顧客を持つ事業へと成長しました。「墓石」というイメージの強い石業界での、若き稲垣さんの挑戦は話題を呼び、数々のメディアへ露出、それにより、また新たな仕事の依頼が舞い込む、という好循環を生んでいます。


しかし稲垣さんが向き合っている課題は、自社の成長だけではありません。
全国の石切り場を巡る中で感じたのは、「石がないのではなく、石を掘る人がいない」という危機でした。
岡崎市内の石切り場も、かつて150か所あったものが現在ではわずか数か所にまで減少しています。


そこで稲垣さんは、石切り場を活用した新しい取り組みを始めました。
石切り場の見学ツアーや体験イベントを開催し、石産業の魅力を伝える活動です。
住宅地から離れた立地を活かし、花火や音楽などを組み合わせたイベントも行い、多くの参加者を集めています。

さらにスタートアップ企業との協業により、石を削る際に出る「石粉」を資源として活用する研究も進めています。石からミネラル成分を抽出し、農業などへの活用を目指すなど、新しい可能性を模索しています。

「400年続く地場産業、そして100年の家業を次の100年へつなげたい」
そう語る稲垣さん。
自社の成長だけでなく、石産業全体の未来を見据えた挑戦が、岡崎の石文化を次の世代へとつないでいきます。

INASE公式サイト





■有限会社稲垣石材店
住所:岡崎市上佐々木町中切8-5
電話:0564-31-6879
営業時間:9:00~17:00  
定休日:年中無休(一部休みがあります)




 
 
 


2.株式会社イナック / 二代目  谷口博司さん


製造業の町・岡崎から。透明試作で世界に挑む


岡崎市に本社を構える株式会社イナックは、製品開発に欠かせない「試作品」の製造・販売を手がける企業です。1997年の創業以来、自動車業界を中心に多くのメーカーの開発現場を支えてきました。  
試作品とは、量産に入る前の段階で形や機能を確認するためにつくられる重要な製品。設計の検証やデザイン確認など、ものづくりの現場では欠かせない存在です。しかし近年、業界を取り巻く環境は大きく変化しています。自動車業界では「試作レス」と呼ばれる開発手法が広がり、3DプリンターやVR技術の進化によって試作の需要そのものが減少しつつあります。さらに海外サプライヤーの増加もあり、試作業界の競争は年々厳しさを増しています。    



そんな中、イナックが見出した強みの一つが
「透明試作品」という分野です。
内部構造の確認やデザイン検証など、特定の用途で高いニーズがあるこの分野に注力することで、競合が多い市場の中でも独自のポジションを築いてきました。


現在会社を率いるのは、二代目社長の谷口博司さん。業界の変化を見据えながら、会社の体制づくりにも積極的に取り組んできました。その一つが、特定の顧客や市場に依存しない経営です。顧客数の拡大に力を入れた結果、16期には97社だった取引先は、28期には369社まで増加。売上拡大と並行して顧客基盤を広げることで、不況にも強い会社づくりを進めてきました。
さらに視野を広げているのが海外市場です。  
2007年には中国、2019年にはアメリカに子会社を設立。  
日本市場の縮小を見据えながら、世界の顧客と直接つながる体制を整えてきました。  
将来的にはインドやヨーロッパへの拠点展開も視野に入れています。  


試作品の製造は単なる加工業ではありません。
顧客の開発意図を理解し、どのような形で試作を行えばより良い製品開発につながるのかを考える、コンサルティング的な要素の強い仕事でもあります。
谷口さんは、こうした「提案力」を会社の強みに育て、世界中の顧客から必要とされる企業を目指しています。

現在の売上規模は約10億円。
しかし谷口さんが見据える未来はさらにその先です。グループ全体で100億円企業を目指し、 世界に拠点を広げながら事業を成長させていきたいと語ります。

岡崎で育ち、岡崎で働く経営者として、地域への思いも強く持っています。周囲には厳しい状況に直面している製造業の仲間も多い中、自分たちが培ってきた営業やマーケティングのノウハウを、同じ製造業へ横展開していくことも将来の可能性の一つだと考えています。

岡崎のものづくりを、世界へ。
変化の激しい業界の中で、新しい価値を生み出し続ける二代目の挑戦は、地域の製造業の未来にも新しい可能性を示しています。

イナック公式サイト




■株式会社イナック
住所:岡崎市大西町揚枝23−1
電話:0564-27-1855
営業時間:8:45~17:30
定休日:土・日





3.岡崎製材株式会社 / 五代目  八田壮史さん

100年企業、木づかい文化を守り、未来へ。


1917年(大正6年)創業、岡崎市で100年以上続く岡崎製材株式会社。
木材・建築資材の地域商社並びに木造建築を中心に、不動産、リフォーム、家具の製造・販売まで。「暮らしと住まい」に関わる幅広い事業を手がけ、三河地域の建築文化・木づかい文化を支えてきた企業です。


木は、人よりも長い時間を生きる素材です。数百年という時間をかけて育ち、人の暮らしに寄り添い支え続ける。 だからこそ、岡崎製材にはひとつの使命があります。
地域の建築文化と木づかい文化を守り、次の世代へつないでいくこと。
その未来を担うのが、五代目アトツギの八田壮史さんです。

岡崎で生まれ育ち、大学進学を機に東京へ。その後11年間、大手企業で働きながらダイナミックなビジネスの世界を経験しました。
転機となったのは、家業が2017年に創業100年を迎えたことでした。
「自分がここまで来られたのは、地元があったから。」 その思いが、家業へ戻る決断につながります。アトツギとして、岡崎というまちに恩返しをしていきたい。
そんな覚悟を胸に2019年、岡崎へ戻りました。
会社に戻ってまず強く感じたのは、建築文化を支えてきた「人」の存在でした。




木造建築に欠かせないのが、大工の存在です。日本の建築技術は、何百年もかけて大工たちが受け継いできた文化でもあります。
しかし今、その大工人口は全国的に減少しています。この流れを変えたい。そんな思いから始めたのが「大工育成塾」です。地域の若手大工が集まり、ベテランから技術を学ぶ場。一人の技術ではなく、地域全体で建築文化を未来へつないでいくための“面”の学びの場です。



もう一つの挑戦が、木の魅力を広く伝えることでした。

岡崎製材は、日本一の木材保有量を誇る企業です。
その特殊性を生かし、2020年からYouTubeチャンネル「材木屋のおやじとせがれ」を開設。 父である社長とともに、木の魅力や木づかい文化を発信しています。
YouTubeチャンネル「材木屋のおやじとせがれ」

多くの人たちに、木の価値・物語を知ってもらうこと。それがなければ、未来はつくれない。
そう考え、顔を出し、自分の言葉で伝える挑戦を続けています。

八田さんが大切にしている言葉があります。
「守るために、変える。」

100年企業を次の100年へつなぐには、前例にとらわれない挑戦が必要です。
素材を扱う会社という枠を超え、文化を守り、人を育て、価値を発信する企業へと進化していく。

AIが瞬時に答えを出す時代。それでも木は、時間をかけて育ちます。
建築もまた同じです。建てることがゴールではなく、その先の暮らしを長く支えるもの。

だからこそ、長い時間軸で「何を残すのか」を考え続ける企業でありたい。

100年企業を、200年企業へ。木とともに生きる社会を、次の世代へ。
岡崎製材の挑戦は、地域の建築文化の未来そのものを見据えています。

岡崎製材公式サイト





■岡崎製材株式会社
住所:岡崎市戸崎元町4-1
電話:0564-51-0861
営業時間:8:00~17:00
定休日:毎週土曜日・日曜日






4.株式会社岡崎竜城スイミングクラブ / 三代目  大森玲弥さん

岡崎から世界へ。祖父の想いを継ぐ水泳教育


岡崎市で50年以上続く地域密着型のスイミングスクール「岡崎竜城スイミングクラブ」。
岡崎市民の中には、子どもの頃に通っていたという方も多いのではないでしょうか。
その原点には、一人の教育者の強い想いがありました。



創業者は、大森玲弥さんの祖父。中京大学水泳部出身で、水泳を通じて子どもたちに「命を守る力」を身につけてほしいという願いから、1973年にスクールを立ち上げました。晩年には、障がいのある子どもたちの指導者育成にも力を注ぎ、体調が優れない中でも全国を飛び回りながら指導を続けていたといいます。日本の障がい者水泳教育の先駆けとも言える存在でした。
現在はその遺志を継ぎ、母大森久美さんが代表としてスクールの運営を担っています。


そんな二人の背中を見て育ったのが、三代目の大森玲弥さんです。

水泳はスポーツであり、同時に命を守る教育でもあります。
日本では長く、水難事故から身を守るための重要な教育として水泳が行われてきました。

しかし現在、全国のスイミングスクール業界は大きな転換期を迎えています。
1960~70年代に多くの施設が建設されましたが、少子化や施設の老朽化により閉鎖するスクールも増えています。
さらに学校プールの老朽化や指導者不足により、水泳授業が十分に行えない学校も増えてきています。

特に特別支援学級の子どもたちは、水泳を学ぶ機会が限られてしまうことも少なくありません。


祖父が大切にしていた「命を守る水泳」。
その教育は、すべての子どもに届くものであるべきだと大森さんは考えています。
こうした状況の中、大森さんは誰もが安心して学べる水泳教育を広げるための取り組みを進めています。これまでの指導経験をもとにカリキュラムを体系化し、指導者同士で共有することで、どのスクールでも質の高い水泳教育が提供できる仕組みづくりを進めています。

また、スクールの未来を支える人材育成にも力を入れています。
現在は若い社員の教育に重点を置き、子どもたち一人ひとりに寄り添える指導者の育成に取り組んでいます。
指導技術だけでなく、「教育とは何か」を共に考え続ける組織づくりを目指しています。



さらに少子化時代を見据え、海外への展開にも挑戦しています。
現地の水泳コミュニティとのつながりを活かし、日本発の教育型スイミングのノウハウを海外で展開。水泳を通じて子どもたちの命を守る教育を、世界に通用するモデルとして広げていく構想です。

未来を泳ぎ切る力を、子どもたちへ。

祖父が大切にしてきた教育の想いを受け継ぎながら、大森さんは水泳を通じて社会課題の解決に挑戦しています。

会社の100周年を迎えたとき、祖父に「ここまで続けてきました」と胸を張って報告したい。

岡崎で生まれた水泳教育は、子どもたちの命を守る学びとして、そして世界へ広がる教育のかたちとして、これからも次の世代へと受け継がれていきます。

岡崎竜城スイミング公式サイト




■株式会社岡崎竜城スイミングクラブ
住所:岡崎市日名南町19-14
電話:0564-24-7778
営業時間:月・水・金曜10:00~19:15
     火・木・土曜10:00~18:15/日曜9:00~12:00
定休日:年中無休




 
  
 


5.有限会社コトブキ工芸 / 三代目  山田哲也さん

「あったらいいな」をブランドへ。椅子工場の新たな挑戦


業務用椅子の縫製を手がける有限会社コトブキ工芸。長年、大手オフィス家具メーカーの下請けとして、確かな縫製技術とものづくりの知識を磨いてきました。
しかし下請け企業は、取引先の状況に大きく左右されます。売上の多くが特定企業に依存する構造の中で、「自分たちの力で売上を伸ばせる事業が必要ではないか」と考えたのが、ブランドマネージャーを務める山田哲也さんでした。


そこで2018年に立ち上げたのが、家庭向けインテリアブランド「iebito(イエビト)」です。
ブランド誕生のきっかけは、山田さんの家庭での出来事でした。当時2歳だったお子さんがキッズスペースでプレイクッションに夢中になって遊ぶ姿を見て、「家庭でも遊べるクッションがあったらいいのに」と感じたのです。調べてみると家庭向けの商品は意外と少ない。それなら自分たちで作ってみよう——そうして生まれたのがPLAYクッションでした。



クラウドファンディングで販売してみると、目標の180%を超える支援が集まり、予想以上の反響がありました。自社商品が受け入れられたことは、長年技術を磨いてきた職人たちにとっても大きな喜びとなり、社内に明るい話題をもたらしました。


その後、人気キャラクターとのコラボ商品も大きな反響を呼び、テレビ番組などでも紹介されるなど注目を集めました。展示会での出会いをきっかけに実現したもので、挑戦の積み重ねが新しい機会につながった出来事でもありました。


さらに近年は、トヨタ紡織と協力し、つかわれなくなった自動車用シート表皮材を活用したアップサイクルにも挑戦しています。 環境配慮が求められる時代の中で、ものづくり企業として社会とどう向き合うのかを考える取り組みでもあります。

現在コトブキ工芸では、自社ブランドに加え、展示会をきっかけに企業からのOEM依頼も増えています。 小ロットでも柔軟に対応できる縫製技術とスピード感は、中小企業ならではの強みです。



もともとコトブキ工芸には「断らない精神」があります。
難しい仕事でも、まずは「どうすればできるか」を考える。
その姿勢が、今のブランドづくりにもつながっています。

「面白そうだと思ったことには、まず挑戦してみる」

そう語る山田さん。
父として、これから成長していく子どもたちの未来を思うとき、ものづくり企業として社会や環境に向き合う責任を強く感じるようになったといいます。

椅子工場から生まれたブランドは、これからも暮らしに寄り添う商品づくりを通して、新しいものづくりの可能性を広げていきます。

コトブキ工芸公式サイト





■有限会社コトブキ工芸
住所:岡崎市大樹寺2-2-5
電話:0564-21-2492
営業時間:10:00~17:00
定休日:土日祝、GW、夏季休暇、年末年始






6.有限会社佐野花火店 / 四代目
  佐野優人さん、辻本香苗さん、佐野健人さん

三きょうだいがつなぐ、岡崎の夏。


岡崎市で80年にわたり花火を届け続けてきた佐野花火店。全国有数の“花火のまち”として知られる岡崎において、花火を1本から買える小売り店として親しまれてきました。市民の中には、その名前を聞くだけで夏の情景が浮かぶという方も多いはずです。



店内にはカラフルな手持ち花火や噴き出し花火がずらりと並び、1本から自由に選べる楽しさはまるで駄菓子屋さんのよう。どんな組み合わせでも買える気軽さに、大人も子どももつい時間を忘れてしまいます。夏が近づくと、店先は花火を手にした子どもたちの笑顔と高揚感でいっぱいに。


火をつける瞬間のわくわくや、漂う火薬の匂いまで含めて、多くの市民の心に残る“岡崎の夏の原風景”をつくってきました。
そんな店を支えるのは、代々続く花火屋に生まれた三きょうだいのアトツギ。親戚の多くも花火に携わる環境で育ち、幼いころから「いつか花火に関わる」と自然に思っていたといいます。三人はみな一度、外の世界へ出て、それぞれに経験を積んでいましたが、やがて家業の誇りを再確認し、順番に自らの意思で岡崎へ戻ってきたのです。

今は三人がそれぞれの専門分野を担いながら、支え合い、挑戦を続けています。  
全国への卸売で培った提案力、地域密着の店づくり、そして祭りやイベントを彩る打ち上げ花火。  




花火は単なる娯楽ではなく、五穀豊穣や無病息災を願う祈り、地域の絆を確かめ合う場を彩るもの。
祭りや祭事に寄り添い、その土地の文化や歴史を映し出してきました。
しかし今、お祭りを支えてきた担い手の高齢化や規模縮小という現実があります。 主催者の減少は、そのまま顧客減少にもつながる、避けて通れない課題です。

それでも三きょうだいは、悲観するのではなく問い続けます。
花火に、どんな意味を持たせられるのか。なぜこの地域に花火が必要なのか。
一本の光に込められた願いを丁寧に伝え、次世代へと手渡していくことはできないか、と。

伝統を守るだけでなく、新しい場面で花火の魅力を届けようとする姿勢に、次世代への覚悟がにじみます。

掲げるのは「佐野ブランドの確立」。
岡崎はもちろん、近隣のまちでも「花火といえば佐野花火店」と言われる存在へ。

夏の夜、一本の花火に灯る小さな光。夜空に開く大輪の花。
その積み重ねが、三きょうだいの未来を、そして岡崎の思い出を、これからも照らし続けます。

佐野花火店公式サイト





■有限会社佐野花火店
住所:岡崎市柱町福部池8
電話:0564-51-4382
営業時間:7月~8月末まで 9:00~20:00
     9月~6月末まで 9:00~17:00
定休日:年中無休



 
 
  

7. 有限会社タキコウ縫製 / 三代目  滝川昇吾さん

縫製工場から、サステナブルブランドへ。三代目の挑戦


ビーズクッションなどインテリア製品の製造・販売を行う有限会社タキコウ縫製。
1976年の創業以来、岡崎で縫製技術を磨きながらものづくりを続けてきました。

もともとは家具メーカーのクッションや自動車シートなどを手がける下請け縫製工場でした。
2000年代に入ると国内メーカーが生産を中国に移管し、その影響で仕事量が減少。
縫製スタッフの半日分の仕事を確保できないほど厳しい時期を経験します。



その危機を乗り越えるために挑戦したのが、自社ブランドの立ち上げでした。
現在の社長である二代目が、下請けからの脱却を目指してビーズクッションブランド「HANALOLO(ハナロロ)」を立ち上げます。

自社で企画・デザイン・パターン設計を行い、縫製までを岡崎の工場で一貫して行うメーカー直販ブランドとして展開。EC市場の拡大とともに売上を伸ばし、現在では年間3億円規模のブランドへと成長しました。



タキコウ縫製の強みは、企画から縫製、販売までを自社で完結できること。工場には長年の経験を持つ縫製職人たちが揃い、複雑な形状の縫製にも対応できる技術があります。ハギレとして廃棄されてしまうはずの布地も活かしながら、さまざまな形やサイズの商品を次々と生み出してきました。小ロットのオリジナル商品や持ち込み企画にも柔軟に対応できるため、企業との共同商品開発など新しい仕事も広がっています。


そして今、そのブランドの未来を担うのが三代目の滝川昇吾さんです。幼い頃から工場が遊び場だった滝川さんにとって、ミシンの音は当たり前の風景でした。しかし中学生の頃、仕事がなくなり静まり返った工場を目の当たりにします。その経験が、「この会社を未来へ残したい」という強い思いにつながりました。

三代目の昇吾さんがいま力を入れているのが、
ビーズクッションの社会課題に向き合う取り組みです。



ビーズクッションは快適な反面、使い続けるうちに中のビーズがへたり、補充や廃棄が大変という問題があります。
この課題を解決するために立ち上げたのが、ビーズクッション循環プロジェクト「SDBs」です。クッションの補充イベントや使用済みクッションの回収を行い、回収したビーズを再利用する仕組みづくりを進めています。さらに、へたったビーズを再び膨らませる再発泡技術にも挑戦し、資源を循環させる新しいものづくりを目指しています。


現在、工場には約10人の縫製スタッフと多くの内職スタッフが関わり、世代を超えて技術が受け継がれています。 長年働く職人も多く、最近まで現役だった職人は85歳。

岡崎のものづくりを支えるリアルな現場がここにあります。

「岡崎は全国に誇れる魅力のある町。だからこそ、自分たちのブランドも岡崎の魅力の一つになりたい」
そう語る滝川さん。

父が築いたブランドを、次の時代へ。
縫製工場から生まれるサステナブルなものづくりの挑戦は、岡崎から新しい循環型ブランドの未来を描いています。

HANALOLO公式サイト タキコウ縫製公式サイト




■有限会社タキコウ縫製
住所:岡崎市日名中町4-8
電話:0564-22-3993
営業時間: 9:00~17:00
定休日:土・日・祝日




 


8.宝生園 / 五代目  水野奈那さん

万年青(おもと)文化を次の世代へ。女性五代目の挑戦


徳川家康公と縁の深い植物として知られる「万年青(おもと)」。その伝統園芸を受け継ぎ、岡崎市で140年近く続く園芸店が、宝生園です。1885年の創業以来、万年青の栽培と販売を通じて、日本の伝統園芸文化を守り続けてきました。

万年青は、常に青々とした葉を保つことから「長寿」や「繁栄」の象徴とされる縁起植物です。徳川家康公が江戸入城の際、万年青を床の間に飾ったという逸話も残り、武家社会では特別な意味を持つ植物として大切にされてきました。江戸時代には愛好文化が発展し、多くの人が葉姿や品種の違いを楽しむなど、日本独自の園芸文化を形づくってきた歴史があります。



しかしその一方で、これほど歴史や文化を背負った植物でありながら、現代では万年青の魅力を知る人は決して多くありません。
花のような華やかさがある植物ではないため、良さが伝わりにくく、「植物は難しそう」「園芸は敷居が高い」と感じる人も少なくないのが現状です。


そんな中で、宝生園の五代目・水野奈那さんは「伝統園芸の世界をより開かれたものにしたい」と新しい挑戦を続けています。


植物イベントへの出店を通じて、直接お客様に万年青の魅力を伝える機会を増やすほか、SNSでは育て方のポイントや万年青に関する知識を発信。さらに公式LINEでは購入後の相談にも個別に対応し、初心者でも安心して楽しめる環境づくりに取り組んでいます。

また、初心者でも気軽に楽しめるものから、長年愛好している方が楽しめる品種まで幅広い万年青を取り揃え、お客様のライフスタイルに合わせた提案を行っています。特別な愛好家の世界にとどまらず、暮らしの中で楽しめる植物として万年青を届けたい——そんな思いが活動の原動力です。


長い歴史を持つ伝統園芸の世界には、守られてきた文化や価値観があります。  

水野さんはその魅力を尊重しながらも、次の世代へ文化をつないでいくためには、新しい視点や伝え方も必要だと考えています。  
女性ならではの感性や生活者の視点を活かしながら、これまで園芸に触れてこなかった人にも届く発信を模索しています。  



さらに水野さんが大切にしているのが、岡崎という土地とのつながりです。徳川家康公生誕の地であり、歴史や文化の魅力が色濃く残るこのまちだからこそ、万年青を通じて新しい取り組みが生まれる可能性があると考えています。

岡崎で面白いことが生まれれば、その動きはきっと他の地域にも広がっていく。地域の事業者や後継者たちとつながりながら、新しい商品や企画を岡崎から発信していきたい——と水野さんは語ります。

歴史と文化を受け継ぐ万年青。その奥深い魅力を、より多くの人へ。
宝生園の挑戦は、伝統園芸の世界を少しずつ開きながら、次の世代へ文化をつないでいきます。

宝生園公式サイト




■宝生園
住所:岡崎市羽根町前田32−3
電話:0564-51-2265
営業時間:9:00~17:00
定休日:不定休



  
  
  

9.株式会社三浦太鼓店 / 六代目  三浦彌市さん

音を受け継ぎ、心を響かせる。六代目の太鼓づくり


1865年、初代・三浦彌市が岡崎市横町(現在の本町)に店を構えたことから、その歴史は始まりました。時代の流れの中で拠点を移しながら、2020年には現在の本宿へ工房を移転。長い年月をかけて、岡崎の地で和太鼓づくりの技術を受け継いできました。

和太鼓は単なる楽器ではありません。祭りや神事、地域の祝いの場など、人が集まり祈りや喜びを分かち合う場に必ずと言っていいほど太鼓の音があります。五穀豊穣や無病息災を願う祈り、地域の結束を確かめる合図、人々の心を奮い立たせる力強い響き。太鼓の音は、古くから地域文化と人々の暮らしの中心にあり続けてきました。




三浦太鼓店が大切にしているのも、単に形の美しい製品をつくることではありません。太鼓づくり=「オトづくり」。木材や革の状態を見極めながら一つひとつ丁寧に仕上げ、人の心を響かせる音を生み出すことこそが、この仕事の本質です。

現在その伝統を受け継ぐのが、六代目の三浦和也さん。

六代目の代になり、三浦太鼓店は大きな転換期を迎えました。2011年に法人化し、家族中心の家業から、技術を組織として未来へつないでいく企業へと歩みを進めたのです。


家業の世界では、長年の経験や暗黙の了解で仕事が回ることも少なくありません。しかし人が増えれば、役割や仕組みを整え、技術や考え方を共有することが欠かせません。六代目はそうした変化に一つひとつ向き合いながら、会社づくりを進めてきました。



現在ではアルバイトやパートを含め12名の仲間が働く組織へと成長。製造工程の内製化や人材育成を進めながら、太鼓づくりの技術を社内で受け継ぐ体制を整えています。伝統の世界で10名以上の仲間とともにものづくりを続けていくこと自体、決して簡単なことではありません。

さらに印象的なのは、若い世代の社員が多く集まっていること。

伝統産業の世界では、担い手不足が課題として語られることも少なくありません。しかし三浦太鼓店には、太鼓づくりに魅力を感じ、六代目の想いに共感した若い仲間たちが集まっています。

それは、太鼓という文化の可能性を信じる社長の姿勢と、ものづくりの現場としての魅力が、人を惹きつけている証でもあります。伝統を守るだけでなく、人を育て、組織として未来へつないでいく。その挑戦は、伝統産業にとって大きな希望の光とも言えるでしょう。




三浦さんが大切にしている言葉があります。
「会社は、社長の器以上にはならない。」

だからこそ自ら学び続け、成長し続ける。その姿勢が、会社の未来をつくると考えています。
「人の心に感動を響かせる」

六代目の挑戦とともに、岡崎から生まれる太鼓の音は、人の心を震わせ、地域をつなぎ、文化を未来へと運んでいきます。

三浦太鼓店公式サイト





■株式会社 三浦太鼓店
住所:岡崎市本宿町丸山腰30番地9
電話:0564-64-6785
営業時間:9:00〜18:00
定休日:不定休